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プラスチックギヤ静音化技術 ~はすば歯車の騒音低減効果に関する留意点~


1. はじめに

当社は材料メーカーですが、創業当時から材料のみならず設計技術を含めた提案を行ってきました。設計技術というと材料メーカーの領分ではないと思われる方も多いと思いますが、エンプラの専門家による設計技術提案は、さまざまな分野の製品の品質向上に貢献してまいりました。その一つとして、3年ほど前に平歯車を対象とした「プラスチックギヤ静音化技術」を紹介いたしました。今回は続編として、はすば歯車の騒音低減効果に関する留意点に焦点を当てました。


プラスチックギヤの静音化対策<前報要旨>

平歯車の騒音を周波数分析すると、一番大きな要因はかみ合い周波数の影響であることが分かる。

これらは以下の3点に分類される。

 

① かみ合う歯数の数の繰り返し変化

  かみ合い率が1~2になるのが一般的、この時1対かみ合いと2対かみ合いが交互におこる。この時の変形量が変化することが原因

 

高歯ギヤなどへの変更が有効

 

② ピッチ点における摩擦力ベクトルの反転

 

歯がかみ合うときに、直径方向での摩擦ベクトルの反転(中心への近寄り⇒遠のき)がおこることが原因
グリスや摺動グレードなどで摩擦係数を下げることが有効

 

③ 相手歯車とのピッチの相性

  成形時の収縮によって、樹脂ギヤに僅かなモジュールのずれが発生する。この時法線ピッチもずれてしまう
  法線ピッチの異なるギヤを組み合わせたときに騒音が発生

 

成形条件で同じ法線ピッチになる様調整できると有効


2. はすば歯車の騒音低減効果

平歯車の場合は、通常1枚かみ合いと2枚かみ合いを繰り返しながら回転します。低騒音化のためには、2枚かみ合いと3枚かみ合いを繰り返しながら回転できる形状に変更することが効果的です。1枚の歯にかかる負荷を分散させ、回転の進み遅れを低減させることが有効であることが一般的に知られています。いわゆるかみ合い率を2以上にすることであり、高歯歯車などが採用されています。

一方、はすば歯車にも同様な効果がある事が知られています。しかし、必ずしも全かみ合い率が2を少しでも超えると効果が発現するわけではありま

 

組合せ :M90-44同士 β=ねじれ角

歯車諸元 :m=1.0、歯数=28~30、歯幅=15mm

回転条件 :540rpm トルク:0.2N・m

図1:はすば歯車騒音低減効果
せん。図-1に示すようにねじれ角βを増加することにより、重なりかみ合い率(εY)が1(整数)となる付近で大きな騒音低減効果が得られます。εY =1.0の実験は実施していませんが、次のようにシンプルに考えるとεY =1.0にて騒音が最小になることの理解が容易です。

はすば歯車は極めて薄い平歯車が少しずつ角度を変えながら歯幅方向に積層した形状と見なせます(図-2)。つまり回転しながら次々と薄い平歯車が遅れながらかみ合う形状です。したがって、図-3のように歯幅方向で1ピッチずれる、すなわちεYが1.0である場合、薄い平歯車のそれぞれの応力波が全て打ち消し合うと考えられます(図-4)。これが、εY =1.0で騒音が最小になると考える理由です。



図2:はすば歯車かみ合いの幾何学的考え方

図3:重なりかみ合い率=1.0のはすば歯車

図4:はすば歯車の騒音低減メカニズム


3. 平歯車、はすば歯車の据え付け精度の影響

据え付け精度としての軸の傾きの音への影響が議論となることは非常に多く、市場では「軸の傾きを無くせば、騒音が良くなるだろう」ということはよく耳にします。この推定に間違いはないと思いますが、当社ではこのようなご相談に対しても感覚的な議論にならないよう定量化を試みまし

図5:食い違い交差角
た。実際には図-5に示す食い違い交差角(食い違い誤差)に着目しましたが、必ずしも軸が傾くと騒音が悪化するわけではないことが分かっています。

 

組合せ:M90-44同士/グリス潤滑

歯車諸元:m=1.0、ねじれ角=0°、歯数=30、

     歯幅=15mm

回転条件:500rpm、トルク:0.03N・m

 

組合せ:M90-44同士/グリス潤滑

歯車諸元:m=1.0、ねじれ角=20°、歯数=28、

     歯幅=15mm

回転条件:500rpm、トルク:0.03N・m

図6:平車騒音と食い違い交差角 図7:はすば車騒音と食い違い交差角

図-6に平歯車、図-7にはすば歯車の食い違い交差角有り無しに対して、中心間距離を変化させた騒音測定結果を示しました。平歯車とはすば歯車は異なる挙動を取ることが分かります。



食い違い交差角0°における中心間距離の影響(平歯車):図-6/青線

中心間距離増加量0~0.8mmの区間で最も騒音が低く、フラットな傾向となっています。0mm未満が増加するのは、歯干渉が起きている状態で無理やり回転させていることが原因です。一方0.8mm以上で騒音が増加するのは(全)かみ合い率が1.0未満となる事が原因です。(全)かみ合い率が1.0未満となると、理論的には等速回転できなくなり、一歯毎に従動歯車側の回転進み遅れが繰り返し生じるためです。後述の説明の便宜上、中心間距離に対する騒音の傾向を「鍋底状」と表現します。



食い違い交差角1°における中心間距離の影響(平歯車):図-6/茶線

平歯車は食い違い公差角が存在すると、前述の鍋底状の騒音傾向は全体的に中心間距離が大きくなる方へシフトしつつ、騒音が減少することが分かります。騒音が減少するのは意外な結果ですが、端面で片当たりとなることにより摩擦係数の低下や、軟質材料を用いる効果と同様に歯の変形(図-8)により歯形誤差の影響が吸収されるといったことが起こり、騒音が

小さくなったものと考えられます。

次に鍋底状の騒音傾向が、全体的に中心間距離が大きくなる方向にシフトする理由を述べます。まず中心距離0においては歯のバックラッシが無い状態で軸を傾けると干渉してしまうので、干渉しないように中心距離を増やさざるを得ないためです。中心距離が大きい側の騒音増加点がシフトするのは、片当たり変形により実かみ合い率が増加することによるものと思われます。

図8:歯先の片当たり状態図

食い違い交差角0°における中心間距離の影響(はすば歯車):図-7/青線

中心間距離増加量0~0.8mmの区間で最も騒音が低く、フラットな傾向となっています。0mm未満が増加するのは、歯干渉が起きている状態で無理やり回転させていることが原因です。一方0.8mm以上で騒音が増加するのは(全)かみ合い率が1.0未満となる事が原因です。(全)かみ合い率が1.0未満となると、理論的には等速回転できなくなり、一歯毎に従動歯車側の回転進み遅れが繰り返し生じるためです。後述の説明の便宜上、中心間距離に対する騒音の傾向を「鍋底状」と表現します。


※正面かみ合い率=0.5、重なりかみ合い率(εY)=1.63の場合を示した

図9:歯正面かみ合い率1以下の場合のかみ合い方

正面かみ合い率が1未満になるということは、かみ合い長さ範囲が1ピッチ未満となります。つまり1ピッチの区間で歯が接触しない区間が存在するということです(図-9)。平歯車であれば、等速運動が出来なくなるので音が大きくなりますが、はすば歯車の場合、全かみ合い率が1以上となっていることから等速運動を維持できています。テストに用いたはすば歯車はεY=1.63であり、重なりかみ合い率は整数ではなくベストではない状態です。図-10(1)に示すように、εY=1の部分で応力波をせっかく相殺しているのに、残りのεY=0.63で相殺しきれない波を発生させています。また正面かみ合い率が1未満の場合、実際にかみ合っている歯幅は、理論的には見掛けの歯幅に正面かみ合い率を乗じた歯幅のみですが、図-10に示すように、かみ合い歯幅が少なくなるに伴って、応力波が打ち消し合う効果がさらに低減するため騒音が増大していくと考えられます。


図10:正面かみ合い率1以下の応力波相殺効果低減のメカニズム

はすば歯車は食い違い交差角がある方が鍋底領域の騒音が大きくなる:図-7/茶線

平歯車と全く逆の挙動となります。図-4に示したように重なりかみ合い率は1.0が最も低騒音で、応力波の打ち消し合いがその理由であることを述べました。重なりかみ合い率は、同じねじれ角であれば歯幅が大きいほど大きくなります。ところが、食い違い誤差があると歯幅の端面片当たりとなり、実質のかみ合い歯幅が大きく減り、実重なりかみ合い率も減ります。このことが平歯車と異なった挙動となる理由です。



4. おわりに

プラスチックギヤの低騒音化手法の後編として、はすば歯車の騒音低減効果と注意点について定量的に紹介いたしました。プラスチックギヤはプラスチック特有の挙動を十分に理解した取り扱いが必要です。当社はPOMの日本トップメーカーとして60%以上のマーケットシェアを持ち、材料の特性を十分に考慮した静音化/高強度/高精度化設計の提案も積極的に実施しています。また、ギヤボックスの材質や設計を含めたトータルな提案も積極的に行っています。更に高品質な提案のための技術開発も継続しており、お客様の製品の高品質化に貢献したいと考えております。




【関連資料】

プラスチックギヤの静音化技術



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2021/05/19