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プラスチックギヤの静音化技術


1. はじめに

エンジニアリングプラスチック(以下、エンプラ)は、AV機器、OA機器、家庭電気機器、自動車部品、精密機械部品、玩具、文房具などに使用する歯車,軸受、カム、戸車、ローラーなどの機構部品に広く利用されています。エンプラの大半は、耐摩耗性、耐疲労性に優れている結晶性樹脂で、そのほとんどをPOMが占めています。1) POMはPAやPBTなどの同価格帯のエンプラと比較すると、OA機器や自動車部品のスペック温度である60~80℃において強度、剛性が共に高いため、非強化での使用が可能です。非強化材料ではより低摩耗、より高精度な部品の実現が可能となるため、機構部品に使用する好適な材料といえます。

ポリプラスチックスは材料メーカーですが、創業当時から材料のみならず設計技術を含めた提案を行ってきました。その結果として、ジュラコン® POMは日本のPOM樹脂市場において60%強という高いマーケットシェアを維持しています。

本稿のテーマであるプラスチックギヤの設計技術支援もその一つです。設計技術というと、材料メーカーの領分ではないと思われがちですが、エンプラの専門家であるポリプラスチックスの設計技術提案は、さまざまな分野の製品の品質向上に貢献してきました。

例えば、20世紀末に日本でVTR開発が全盛であった時代、プラスチックギヤの静音化をいかに達成するかが各家電メーカーの大きな課題でした。プラスチックギヤを静音化するためには、金属にはないプラスチック特有の挙動をうまく捉えることが必要です。当社のプラスチックギヤの設計技術支援は、この時代のプラスチックギヤの静音化に大きく貢献したと自負しています。現在ではこれらの技術を更に発展させ、VTRのような家電製品に留まらず、あらゆる分野で本技術を展開しています。

そこで、本稿ではポリプラスチックスのプラスチックギヤ静音化技術の一端をご紹介いたします。



2. 歯車騒音の種類

周波数分析で歯車騒音のすべての原因が分かるわけではありませんが、発生する騒音の原因を探るための最低限の情報として、周波数分析を行うことが重要です。図1に、POM歯車(非強化一般POMコポリマー)を2枚かみ合わせて駆動したときに発生した騒音の周波数スペクトルを示します。本実験の場合、歯車騒音はこの図に示す3種類の音から成っています。B、Cは装置およびプラスチックギヤ本体の固有振動数で、一般的にはレベルの低い騒音がほとんどです。重要なのは、一般的に「かみ合い周波数(Gear mesh frequency)」と呼ばれるAです。

図1:POM歯車の周波数分析結果
 

材質:M90-44同士
歯数:z=40
モジュール:0.5

回転数:800rpm
トルク:0.02N・m

1秒間に歯がかみ合う回数に相当する周波数と、その整数倍の周波数が出現するのが特徴です。この「かみ合い周波数」が騒音の大半を占める場合が多いため、これがどのような原因で発生しているか理解することが重要です。


3. かみ合い周波数の原因と対策例

プラスチック歯車かみ合い周波数の代表的な原因は3つ挙げられます。

  ① かみあう歯対の数の繰り返し変化

  ② ピッチ点における摩擦力ベクトルの反転

  ③ 相手歯車とのピッチの相性

①については金属歯車を含めた一般論ですが、②、③についてはプラスチック特有の原因です。以下に、各原因と対策について簡単に説明いたします。


3-1 かみあう歯対の数の繰り返し変化

歯車にはかみ合い率(Contact Ratio)といわれるパラメーターがあり、標準的な平歯車(Spur gear)では1を超え2未満になります。この場合、図2に示すように、1対かみ合いと2対かみ合いを繰り返しながら回転します。トルクを1対で負担する場合と2対で負担する場合、歯の変形量が異なるため、図3に示すように1歯かみ合うごとに変形が周期的に変動します。これが「かみ合い周波数」の発生原因です。材料的には剛性を高くすることが対策となります。しかし、プラスチックの場合、通常はガラス繊維で強化するため、収縮率の異方性による精度低下や表面粗さの増大等により騒音が増加します。そのため、ほとんどの場合この対策は逆効果となってしまいます。反対に、極めて柔らかい樹脂を用いて変形を助長させ、常に2対かみ合う状態にする手法もありますが、強度の点で限定されます。したがって、かみ合い率を2以上とし2対かみ合いと3対かみ合いを繰り返すような設計とするのが一般的です。具体的には、はすば歯車(Helical gear)や高歯ギヤ(High-tooth gear)などの手法がありますが、これらについては一般的な歯車専門書をご覧ください。


図2:かみ合う歯対が変化するモデル         図3:変形による回転角度の変化

3-2 ピッチ点における摩擦力ベクトルの反転

歯車のトルクは歯面に対し垂直方向に伝達されます。この力の伝達方向は一般的に法線(Normal line)と呼ばれ、歯車の回転に伴う力の伝達方向が不変であることが理想です。しかし実際には、歯のすべり摩擦の影響で力の伝達方向は常に変動しています。歯同士の接触は曲面接触で、一見転がりに見えますが、実際には歯同士が直径方向に“近寄り”ながらかみ合い始め、その後直径方向に“遠のき”ながらかみ合いを終えるため、すべりを伴います。この“近寄り”から“遠のき”に変わる瞬間に、すべり摩擦の方向が反転します。このため、法線との関係で、図4のように法線と摩擦ベクトルの合力の方向が1対のかみ合い毎に瞬間的に変わります。このようなケースでは、摩擦力を小さくすることにより法線力との合力の変化を小さく抑えることができるため、摩擦係数の低い材料を用いることが騒音への対策となります。ジュラコン M90-44は日本でプラスチック歯車として最も使用量の多いグレードですが、歯車用に開発されたジュラコン NW-02は歯車騒音改善効果が非常に高く(図5)、特に騒音が重視される複写機、レーザービームプリンター、インクジェットプリンターにおいて幅広く使用され、およそ20年の実績があります。ジュラコン LW-02はそれをさらに改善した材料であり、図5に示すようにジュラコン M90-44に対し10dBを超える静音化効果があります。


図4:歯車に負荷される力

図5:歯車騒音データ

3-3 相手歯車とのピッチの相性

射出成形歯車は成形加工時の収縮を正確に見込むことが理想ですが、完全に見込まれている歯車はほとんどありません。収縮の少ない金属歯車と異なり、歯車のかみ合いに重要な法線ピッチ(Normal pitch)が設計通りになっていないケースが多いのが実情です。図6に示すように歯車が正しくかみ合う条件として、駆動歯車と被動歯車の法線ピッチが等しい必要があります。法線ピッチは以下の式で表します。

 

法線ピッチ=mπcosα (式1)

m:module π:円周率 α:pressure angle

 

見込み収縮がずれることによりモジュールがずれるため、(式1)に従って法線ピッチもずれます。相手歯車も同様にずれ、等しい法線ピッチとなれば問題はありませんが、同様にずれることは少なく、法線ピッチが合わない場合が多く見られます。成形条件を幅広く振り、各種法線ピッチを有するPOM歯車を作製し、これらを組み合わせたときの騒音を測定した結果を図7に示しました。駆動/被動の法線ピッチの差が大きいほど騒音が大きくなるという相関性がわかります。本ギヤの法線ピッチは2.95mmであるため、0.01mmの法線ピッチ差はおよそ0.3%に相当します。この差で5dBもの騒音が変化しますが、非強化POMでは、射出圧を10MPa変化させると0.1%変化することを考えると、成形条件の調整で騒音を大きくコントロールできることが分かります。量産の最後の段階において、成形条件の変更だけで騒音を大きく改善できることは非常に意義があります。


図6:法線ピッチの相性

図7:組合せギヤの法線ピッチの差と騒音レベルの関係


4. おわりに

プラスチックギヤの低騒音化には、プラスチック特有の挙動を理解した手法が必要です。ポリプラスチックスはPOMのトップメーカーとして、材料の提案のみならず、設計面からの低騒音化の提案も行っています。また、ギヤボックスの材質、設計を含めたトータル提案も積極的に実施しています。当社は更なる技術開発も継続して行っており、これからも各分野製品の高品質化に貢献できると確信しています。



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 ◆LW-02
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【参考文献】1) シーエムシー出版、高分子系トライボマテリアル、2015年5月出版

2017/09/05