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射出成形時のガス発生メカニズムを解明する新評価法(その1)


射出成形時のガス発生メカニズムを解明する新評価法
~その1:熱分解ガス由来モールドデポジットへの応用~



1. はじめに

製造業を取り巻く環境が劇的に変化している中で、「自動車の電動化・自動化」や「小型化・軽量化」といった時代のニーズに対応するため、樹脂成形品の高品質/高精度への要求は必然的に高まっています。その要求に対応するには、樹脂材料にもより高性能化が求められています。様々な添加物をコンパウンドすることで新たな機能を付加し、高性能化達成を目指しますが、厳しい成形条件(高温・高速)や添加物の劣化から多量の分解ガスが発生し、品質に多大なる影響を及ぼすことも珍しくありません。

特に射出成形分野において、熱分解ガスによるモールドデポジット(MD)やガス焼け・ショートショットの発生は製品の寸法、外観などの品質問題を引き起こし、不良率増加の要因となっています。そのため、多くのメーカーはこの問題を解決するために、大量の人員と時間を投入しているのが現状です。

例えば、不良を起こさず成形品の品質を高水準で保つために、図1のようなガスベントの調整を頻繁に行います。その結果、そのメンテナンスコストは製造コスト上昇に繋がり、製品の価格競争力低下を招いた事例も少なくありません。


図1:不良サイクルと製造コスト増加の例

プラスチックは、射出成形のような高い熱を受けると必ず分解ガスを発生します。しかし、その熱分解ガスがどのようなメカニズムで発生するかは、未だに分かっていませんでした。ブラックボックス化された金型内で起っている現象のためであり、メカニズムがはっきりしていないので、問題に合った対策を練ることも容易ではありません。

そこで、当社では成形時に発生したガスを捕集・評価する独自手法の開発に取り組み、実現に成功しました。「成形時発生ガス評価法 (Gas Investigation Method in Injection Molding; 以下GIMIM (ジーアイエムアイエム))」と名付け、これを用いることで射出成形時における熱分解ガスの発生メカニズムを解明することができました。本稿では、このGIMIMから分かった成形時発生ガスのメカニズムとモールドデポジットの概略を説明します。



2. 開発背景
2.1 モールドデポジットの発生

射出成形時に金型表面や隙間、パーティングラインなどに付着する堆積物の事を総じてモールドデポジット(MD)と呼んでいます。MDが発生する要因には様々なものがあり、その主なものを表1に示しました。


表1:MDの要因の例

ペレットの熱分解 ペレットから染み出し ペレット以外の要因

モノマー

オリゴマー

エラストマー

添加剤

着色剤

安定剤

離型剤

潤滑剤

安定剤

離型剤

潤滑剤

金型表面の薬剤

加工油

切削油

防錆剤

成形品の剥離

パージ不足によるシリンダ内残存物


成形樹脂の熱分解だけではなく、染み出し・剥離によってもMDが発生し、成形樹脂以外の想定していなかった要因でもMDになるケースも稀ではありません。

MD発生メカニズムの模式図を図2に示します。①は、成形品の剥離によって発生するMDでここでの詳しい説明は割愛します。本稿では、②の物理的吸着及び③の化学的吸着によって生ずるMDについて説明します。



図2:MD発生メカニズム



(1) 物理的吸着

プラスに帯電した金属表面にファンデルワールス力により吸着されます。MDが金型に付着する最も基本的な原理とも言えます。


(2) 化学的吸着

表層の原子同士の電子を共有する共有結合や水素結合がこれに相当します。(1) 物理的吸着層の上に形成されやすくなります。



2.2 既存評価法と課題

射出成形時の熱分解ガスなどによるモールドデポジット(MD)の原因調査を目的とした分析手法は、数多く存在します。それらは大きく分けて、ペレットを加熱し発生した分解ガスの量や成分を分析する方法(ここでは「ペレットベース法」と呼ぶ)と、実際に成形を行い金型に付着したMDを分析する方法(「金型ベース法」と呼ぶ)に分かれます。

ペレットベース法では、加熱分解によって発生したガスを分析装置へ送り成分や量を分析します。通常ガスクロマトグラフ質量分析計(以下GC/MS)などが使われますが、水素炎イオン化型検出器などを用いれば高度な分析が可能です。しかし、分析は高精度でも成形機の熱プロセスを反映しないこと、また不活性気体雰囲気で分析を行うため、実際の成形工程とは大きく離れた現象を見ていることになります。

これに対し金型ベース法では、付着したMDを扱うのでより成形工程に近い方法になります。そのため、この手法が幅広く使われており、その一例として「MD重量法:成形を繰り返し行い、実際に金型に付着したMD重量や様子から分解物を観測する手法」があります。しかしながら金型ベース法の場合でも、その成形機や金型構造を含めた環境依存性が大きく、実際の結果と一致しないケースも少なくはありません。

当社は、以前からガス・MDトラブルに関して、上記の分析装置と金型ベース法から材料の特性を確認し、金型メンテナンスの周期やガストラブルなどを樹脂材料知識や成形技術の蓄積に基づいた対策提案を幅広く行ってきました。しかし、時折説明が容易ではないケースに遭遇することがあります。その一番の理由としては、成形時ガス発生に関わるメカニズムが十分に解明されていないことにあると考えています。

様々な仮説が乱立しており、再現性の低いガストラブルも成形時ガス発生メカニズム究明の妨げになっていました。

 

このような背景のもと、当社では成形プロセス時に発生する熱分解ガスを評価する革新的な手法を開発し、従来困難であった材料、成形機、金型とガス・MDトラブルを関連付け、そのメカニズムを説明し新たな対策を提案できるようになりました。



3. 技術概要

成形時発生ガス評価法(略:GIMIM)は「2. 開発背景」で説明した分析装置を使い、金型ベース手法のハイブリッド式評価手法です。金型ベース手法でガスを捕集し、GC/MS装置でその成分を定性・定量分析を行い、発生したガスを特定し、その発生元を根本的に改善していける当社独自の画期的な手法です。その評価システムを図3に示します。


図3:成形時発生ガス評価法システムの全体構成


シンプルなシステム構成で、「可塑化―計量―射出」の3段階に分けて、各プロセスに対して発生したガスを捕集できるように各ユニットにガス捕集用トラップを設置しました。

あとは、実際に成形を目的に応じて1~10ショット程度行い、捕集したガスをGC/MSで分析します。単純に成形品や樹脂ペレットを熱分解GC/MS(Py-GC/MS)で分析すると成形と同じ熱履歴のガスの発生ではなく、測定雰囲気も不活性ガスのため成形時の環境とは大きく異なってしまいます。これに対しGIMIMは成形時のガスを直接捕集して分析するため、成形時の状況を反映させることができます。このような相違が、実際の現象との乖離を生み出していたと考えられます。その比較を表2に示しました。GIMIMではMDの原因となる高分子量の成分を測定することが可能となっています。

GIMIMは金型ベース法がもつ実現象に近い再現性をさらに進化させ、それに高精度な分析装置を掛け合わせたいいところだけを取った、実際の現象に近い高精度な分析手法です。


表1:GIMIMとGC/MSの比較

  GIMIM Py-GC/MS

雰囲気

Air

He

熱履歴

せん断熱、摩擦熱、ヒーター熱などの複雑・複合的温度プロファイル

熱分解GCによる1次的単純温度プロファイル

結果値

高分子量の成分が主

低分子量の成分が主

評価結果の説明

低分子量成分(低沸成分):成形時の金型温度(℃)でガス状で排出されやすい成分。GC/MS上のRetention Time(R.T.)で短時間側に検出される。モールドデポジットになりにくい成分。

高分子量成分(高沸成分):成形時の金型温度(℃)で液状・固体状で金型に付着しやすい成分。GC/MS上のRetention Time(R.T.)で長時間側に検出される。モールドデポジットになりやすい成分。



4. 成形時ガス発生メカニズム

図3で可塑化計量時のホッパー下部での発生ガスを③で捕集、計量部での発生ガスを②で捕集、射出時の金型内での発生ガスを①で捕集し、分析した結果を図4に示しました。


図4:ペレット投入から射出まで各プロセス測定結果


③可塑化時(ホッパー下)と①射出時(金型内)には多くのピークが観測されています。②計量時(計量部)にはほとんどピークが観測されません。樹脂が受ける摩擦発熱が大きく、大気にさらされている可塑化時及び射出時には多くのガスが発生しますが、計量時には酸素との接触が最低限に抑えられており、数ショットで測定できるほどガスの発生は起きないと考えられます。これらのことを総合的に考察すると、可塑化時に発生したガスはホッパー側から排気され、金型に流入するガスは射出時に発生したガスと言えるでしょう。

次に射出時の熱履歴ですが、サーモグラフィーを用いてノズルから出る樹脂を観察することで、射出速度に依存した温度上昇を起こす様子を確認することができました(図5)。図の左側がドローリング時、右側が射出時で、射出時の樹脂が高温になっていることが分かります。このようにして得られた各種成形条件での樹脂温度をまとめた結果を表3に示します。条件によってはドローリング時に比べ100℃以上の温度上昇を引き起こしています。


図5:サーモグラフィーで射出された樹脂温度測定


表3:射出速度と樹脂温度測定

グレード シリンダ
温度[℃]
射出速度
[mm/s]
測定温度[℃]
Drooling時 射出時 ΔT

GF30% PPS

300

30

280

321

41

100

363

83

340

30

305

345

40

100

382

77

200

423

118

※FLIR製T640 (解像度:640×480) 使用



今回の実験結果より、MDを発生させる高分子量成分のガスは可塑化部や計量部ではなく、射出時のノズルから先の部分で樹脂が急激に高温となったために発生していることが分かります。



5. おわりに

射出成形時に発生する熱分解ガスの新たな測定・分析手法「GIMIM」をご紹介いたしました。この方法は、充填時に金型内に発生するガスを直接分析するため、より実際に近い結果が得られていると考えています。さらに検討を進めていき、ガスによるMDの対策に役立てていきたいと思います。

次回は、熱分解ガスによるショートショットやガス焼け不良などのトラブル対策についてご紹介いたします。




【関連資料】

ジュラファイド® PPSの成形技術



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2021/06/13